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ワンダーFULL TOKACHI File.16 「垣間見える仙境」

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羊古志潭(清水町)

 

ginnanこんにちは ケラアンです(=´ω`)ノ

この秋も晩秋にさしかかり、鮮やかに木々を染めた紅葉も今度は木の根元を染めています。

なんだか『ふりかけ』みたいだなぁ…と思ったあなたは食いしんぼうさんですw

今年の豊かな稔り。その収穫も進み、農村風景は来年に備えて耕した露わな土と、季節にそぐわないほど青々とした秋蒔き小麦が幾重も筋状に走る畑。路肩にはタンポポが咲いたりして、なんだか『春』を想わせたりします。

今は、ちょうど『第45回おびひろ菊まつり』が帯広市内の中央公園で開催されています。

菊のイメージって古風なところがあって敬遠しがちですが、行って見ると、その種類と色鮮やかで見事な大輪と、アート的に飾られた作品に驚かされます。

温かい会場内と味覚豊かなブースもあって、とてものんびりできますよ。

さて 『芸術の秋』 『食欲の秋』を堪能したところで『読書の秋』

 

こういうコーナーを書いている都合、図書館でよく行くのが地域・郷土史や観光のコーナーです。

たいてい大きな重たい本が多いのですが、パラパラめくっていくと『これは!』という発見がある。

今回、『清水町50年史(昭和28年刊)』でみつけたのが『羊古志潭(ようこしたん)』

指標板

「羊古志潭」は清水町と新得町の境を流れる佐幌川の流れの途中にある。上流域のような岩肌ゴツゴツで流れも荒々しい自然味豊かな流域。

 「仙境」とは俗界を離れた静かで清浄な場所といった意味で、主に河川の上流域に見られる。十勝では、帯広市の『岩内仙境』や芽室町の『伏見仙境』、本別町の『幽仙境』など、もたくさんの場所がある。

主に紅葉の季節に親しまれるようですが、季節の移ろいによって景観が大きく変化する風景は、まさに仙人の住むような水墨画•神居橋日本画の世界に足を踏み入れたような気分になってくる。水場なのでマイナスイオン効果も期待できて「パワースポット」的!ぜひ見ておきたいものです。でも「仙境」と呼ばれるところは、郊外の山岳地帯付近に多く遠いこともあるので機会を逃してしまう…。

この「羊古志潭」。清水市街から数㌔あるものの、国道274号線のから数百メートル入ったところにあり、アクセスは比較的容易。

新得町に至る道を佐幌川にかかる「神居橋」を目印に手前左手に林道様の道を数百メートル進むとJRの線路があり、川を渡る鉄橋の手前に出る。ここから徒歩で鉄橋下をくぐります。(線路を渡るのは危ないので)その先に遊歩道が続き、ほどなく「羊古志潭」が現れる。

 

清水町

nisyou

清水町は、日勝峠の十勝側入口にあり、道東道が開通してから通行量に変化があったにしても、流通を担う大型トレーラートラックの行き来は今でも頻繁。

山岳と河岸段丘に囲まれた要所にはク『美萬パノラマパーク』『丸山展望台』など展望地があり、そこからは雄大で十勝らしい風景を最も楽しむ事ができます。私にとって“十勝らしい風景”と言うと、この清水町が浮かんでくる。

羽帯地区には、アートと自然がコラボする『十勝千年の森』があり、『牛玉ステーキ丼』は数あるご当地グルメの中でもボリュームと満足感を楽しめる。w

 

町名の由来は、アイヌ語「ペケレ ペツ」の和訳になる(明るく清らかな川)から付けられています。
ベートーヴェンの交響曲第9番(通称:第九)を全国町村の中で初めて合唱した事から「第九の町」としても広く知られています。
その歴史は、

1903年 : 芽室外6か村戸長役場(現在の芽室町)から人舞村外一村戸長役場として分離・独立。
1915年 : 屈足村(現在の新得町)を分村。
1921年 : 御影村が芽室村(現在の芽室町)から分村。
1927年 : 人舞村が清水村に改称。
1936年1月1日 : 町制施行して清水町に。
1956年9月30日 : 清水町が御影村を編入。
1958年4月1日 : 上芽室地区の境界変更により100戸653人が芽室町に分割される。
1982年9月11日 : 町役場の位置を現在地に変更。
2002年 : 開町100年記念式典が行われる。

分割・編入はどこの町村の歴史にもありますが、清水町の場合は、ずいぶん大移動であると感じます。

 

清水町における観光分野の成り立ちは、旧御影村(現・御影)において観光組合が設立され、主に剣山の観光事業の振興につとめてきました。

 『旧清水町には特に目立った観光地もなく、従って観光行政の面においても、また民間団体も特別に事業として取入れられていなかった。しかし昭和31年(1954)の町村合併、同33年よりの日勝道路建設工事の着工によって、町においては、観光開発も併せて進められてきた。一方、昭和35年新商工会の事業として観光事業が取入れられ、さらに各関係機関の協力態勢も整ったため、同36年御影観光協会は発展的に解散し、清水町観光協会が設立された。』

【清水町五十年史より】

 

ここに意外性を感じるのは、御影が併合される前の旧清水町。

「特に目立った観光地もなく…」

日高山脈の連なりが眼前に広がるこの町が観光資源に乏しかったという。なんとも意外な側面。

そういう印象は感じていませんが、現在の『美萬パノラマパーク』、『十勝千年の森』、そして広大な公園や郊外型レストランなどの施設が設けられる以前はどうだったのだろう。もちろんそれらが発達したのは、日勝峠の開通が発端になったのは間違いない。

それ以前の「観光」を町史、観光の項目で調べたところで「羊古志潭」が出てきました。

仙境03

「要古志潭ともいわれている。七変化とでもいうのだろうか、川はその地形によって姿を変える姿は珍らしいとされているが、変化が激しく見事な流れを見せてくれる羊古志潭である。清水から4kmの国道38号線新得、清水町境界の神居橋手前より左に折れ、根室本線の鉄橋をくぐって300mの地点にある。

不思議に思ったのは、佐幌川。
神居橋から見下ろす流れは緩やかで平らな川床の様子ですが、「羊古志潭」で一瞬に流れは変化することになる。

橋の上からは、すぐ先にこんな急流があることは想像できませんでした。

仙境02

 葉隠れに、奇岩の間をかむようにして白い水が流れる、長さはわずか500mほどだが、川岸、川中の奇岩が激流をかみ、川面に自然をつくり出している状況は、自然の見事な芸術品である。

付近一帯は、カツラ、ナラの天然林とともに自然保護地区になっているが、観楓会など開くにはかっこうの場所である。 

【清水町五十年史(昭和28年発行)より】

仙境01

 

自然景観保護地区案内 観光資源に乏しいとされてきた清水町ですが、日勝道路の整備・完成以降は公園や展望地の整備も進み、広大で十勝らしい景色をリアルに見る事のできるビューポイントがたくさん設けられました。

一方、古くから景勝地として評価されながらも訪れる人が少なくなった羊古志潭が少し残念。
交通事情の発展や旅行の遠方地化によることもありますが、同時にこの一帯が自然景観保護地区であり、駐車場など自然を損なうような開発は行わなかったことも理由のひとつです。

それでも誘導路の管理(もともと鉄道管理用のものであったのかもしれない)

 

伝 説

この羊古志潭にアイヌ伝説の話があり、町史および指標にも記されています。

伝説昔、仲のよいアイヌの兄弟がいました。

ある日、魚とりにサホロ川に出かけてまず兄がモリをもって大きな魚を1匹捕まえました。弟は、これを見て喜び、棒きれで魚を殺そうとした。

ところが兄は、「自分でとった魚だから俺が殺す!」といい出し、2人はケンカになってしまいました。
「棒をよこせ!」

「俺のものだから俺が殺す!」

たがいに棒の奪いあいをしている間に魚は、ピン!と跳ねて川へ落ち逃げてしまった。この争った場所が、現在も「羊古志潭」にある奇岩怪石の上であったという。

ヨウコ(狙う)ウシ(多い) 魚をねらう場所がたくさんあるコタン(部落)という意味で「ヨウコシタン」の名は伝えられた。

 

 

この「羊古志潭」。

川を渡るJRの車窓からも見えそうですが、郊外なので加速中の車両は一瞬で通過してしまいます。

旅であれ、仕事であれ移動時間はどんどん短縮する現代。

スピード化は、意外と多くのことを見逃すことになっててしまっているのかもしれません。

鉄橋

くれぐれも線路の横断をしないように。鉄橋の下を通りましょう。

「羊古志潭」を見下ろす岸、そして岩の上など滑りやすく危険な場所もあるのでご注意ください。


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