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ワンダーFULL TOKACHI File.9 始まりの季節

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画家の美術館 (芽室町)

 

 あけましておめでとうございます

本年も 『とんとん』 と、この 『ワンダーFULL  TOKACHI』 をよろしくお願いします。

このところの十勝は、いつになく暖かい冬で雪も少なく、今年はインドア派に過ごしやすかった新年の始まり。
皆さんは、ひさしぶりに会う家族や友だちとの楽しい語らい、あるいは旅行や縁起物のお買い求めで楽しいお正月をお過ごしになられたことでしょう。
かく言う私は、年末からこじらせていた風邪で不調でしたが…(。・ω・)デモ、ネテモイラレナイシ…

仕事始めの今日(1月6日)はキンキンに冷え込んで、国道38号線の温度計はマイナス14℃と北海道の冬をあらためて実感した朝でした。
十勝川からはもうもうと川霧が上がり、氷がゾロゾロ流れていく様子もこの季節ならではです。
少し心配なのは、1月30日~2月2日開催の第51回 おびひろ氷まつり
ここ数日は雪のチラつく日もありましたが、この雪の少なさは大丈夫かなぁ…

厚さはともかく見渡す限りの平原に積もった雪景色。
キリトリ線のように点々と続くキタキツネの足跡。
このモノトーンの凍てつく景色も雪解けの頃には少しづつ新緑をのぞかせ、春を迎えます。
その様子は、雪や氷が融けたというよりも真っ白なキャンバスに新たに色が置かれていくようです。

そう、この大地は真っ白なキャンバス
季節の画家が用意した新たな画布なのです。

『寒い!』だからこそ氷まつりや冬まつりなど熱いイベントが催される北海道。
熱いのはイベントだけではなく、真っ白な風景の中にホットスポットのように点在するところがあります。
今回の「ワンダー FULL  TOKACHI」は、そんな真冬でも暖かい気持ちになれる美術館です

 

元小学校校舎が美術館に

旧小学校校舎をそのまま利用

「画家の美術館」は、帯広市の西隣、芽室町にあります。
夏場は広大な田園風景、冬は一転して真っ白な雪原に変わる景色の中、画家であり、館長の村元美海氏と前館長の画家(故)村元俊郎氏の作品を常設展示している私設の美術館です。
収蔵されている作品の数は、およそ1000点。この中から小品~600号までの約200点を定期的に入れ替えて展示しています。その他にも、村元美海氏の新作や春と秋の研修生展・招待画家の作品展など企画展も開催。
外観は、古き良き時代を彷彿させる木造校舎。
これは、芽室町内南部のいくつかの小学校と共に新設「南小学校」へ統合されたことにより閉校になった芽室町立中伏古小学校の校舎及び体育館をそのまま転用したものなのです。

展示室03

この美術館は、街の美術館やギャラリーとは趣の違った雰囲気がします。
それというのも美術館にありがちな、ほの暗く静かな展示室内での観賞ではなく、窓から自然光が燦々と射しこむ元教室や児童の歩いた廊下など。
使いこまれてきた学び舎の雰囲気と相まってずいぶん開放的な…学校祭などで校舎内を作品展示に使っている風なイベント感のあるイメージ。

下駄箱の上にもおやおや?入口の下駄箱の上にまで絵が…
絵が展示されているというよりも校舎の中で遊んでいるみたいです。

「ガハハハハ…」
職員室(アトリエ)の方から豪快な笑い声が聞こえてくる。
それが、この学び舎の校長先生(館長)村元さんの声。

村元さんは、画家の故村元俊郎氏の長男として誕生。教職の道に就きながら画業を続け1968年に全道展に入選。それから本格的に画家の道へ。
1993年それまで務めた教職を辞し、父がアトリエとして使用していた旧中伏古小学校の閉校校舎を美術館として開館しました。
1995年、俊郎さんの逝去後、運営を引き継ぎ2代目館長に就任。
2013年9月開設から20周年を迎えました。
開館当初から希望者を絵画研修生として受け入れており、油彩画制作に励んでいる。
現在も精力的に制作活動を続け、町の役場や公立病院等、公共施設への作品寄贈も多数あります。

 

美術館として第二の人生(?)を送る学び舎

ここで、この学び舎のプロフィールを

中伏古小学校

校門1919(大正8)年創立1988(昭和63)年3月に69年の校史に幕を閉じ、芽室町内の新設南小学校へ統合。
卒業生574人。閉校時の児童数33人。
中伏古地区は芽室市街地より10キロメートル程の所にある美生川流域の一地区。
美生川流域の東は広大な緩傾斜の扇状地で、中伏古地区は平均120メートルくらいの少し高いところの土地になります。
開拓の礎は1901(明治34)年、岐阜県人の入植により始まりました。
当時の中伏古は、カシワやナラ、タモの大木が茂る原生林で、クマザサやフキが生い茂り、現在の遠望できる景色からは想像もつかないような原生林であったそうです。

展示室02

時代は大正に入り、北海道製糖会社農場のキャタピラトラクタによる大型開墾が行われ農家戸数も増加、やがて学校教育の必要性が高まり、大正8年に伏古第二小学校所属下伏古特別教授所が開設されました。これが中伏古小学校の始まりです。
1922(大正11)年、下伏古尋常小学校と改称。
1930(昭和5)年、中伏古尋常小学校と改称。
1932(昭和7)年、新校舎落成。
1941(昭和16)年、中伏古国民学校と改称。
1945(昭和20)年、終戦により中伏古小学校に改称。この時の児童数は80人。
1952(昭和27)年、十勝沖地震によえい、校舎小破損。年内に復旧作業完了。
1958(昭和33)年、3学級編成化。(この頃、離農・転居の増加があり児童数が減少した様子。児童数の減少で学年複合学級化)
1979(昭和54)年、開校60周年記念式典挙行。
1988(昭和63)年、南小学校新設に伴い、周辺5校と共に統合。

校歌

1932年の落成以降、増築・修復はあるものの新校舎落成の記録がないので、この年が現校舎の誕生した年の
ようです。ということは学び舎自身は今年で82歳ということになりますね。
使いこまれたアンティークのように赴き深い校舎です。
芽室町は木造校舎の多い町で未利用のものを含めると、この学び舎のほかにも多くの木造校舎が現存しています。(ここから南部の明正小学校は、一時郷土資料館に転用されていましたが、資料移動後の一昨年前に解体)

体育館ステージの上から

 

学び舎から美術館へ

学校らしい備品もあれこれ開校70年を目前に閉校した旧中伏古小学校は、子どもたちを送り出してから数年の間は静かに時の流れに身を任せていました。
1993年、中伏古地区有志の誘いで町内在住の画家、(故)村元俊郎氏が校舎をアトリエ兼ギャラリーとして使用。
その後、同地を訪れる人々、地域の熱意と理解、芽室町の協力、そして芸術家の情熱により美術館として生まれ変わりました。

「画家の美術館」は、絵画を描く者と観賞する者が同じ目線でゆったりとした楽しい空間を共有する場である。
展示室作品を鑑みて芸術家に触れて制作を楽しめる場が小学校という形から芸術の館に変身したが、文化の灯が燃え続けていることは、地域の協力があればこそ実現していることに当館の特徴がある。
開設後7年経って、インターネット上のホームページ等で、地域文化発信基地から芸術の情報が世界へ飛び出した。中伏古開拓百年目に画家の美術館がこのような情報を世に発信できたことは単なる偶然ではなく、中伏古小学校時代、否、当地に開拓に入った先人達の文化に対する熱い思いが、歴史の中に刻み込まれている情熱が今も息づいているからだろう。

1995年1月、画家、村元俊郎氏が死去。その後、俊郎の長男画家、村元美海が二代目館長として、当館を運営している。
入館者は年間およそ1万人。新聞・テレビ・雑誌等のマスコミで取り扱われた本数は数え切れない。研修生はこの7年間で150人を数え、全国から人々が集まってきている。

アトリエ 芸術活動は、作家ひとりのみの能力でできるものではない。作家がどれだけ制作に集中できるか、作家の活動を充実させていくかを肌で感じとることができる「画家の美術館」。その一端を担っているのが中伏古地域である。

 開拓百年を記念して、先人・地域の人々に畏敬と感謝の念を表すとともに芸術家として今後とも文化の灯をともし続ける決意です。歴史は勝手にできたわけではない。作られるべくして作られた。
今日もまた、新たな歴史に向かって創作を続行中です。
 永遠に中伏古地区に栄あれ。

画家 村元 美海

(中伏古開拓百年記念誌「翔け悠久の郷」より)

廊下02 このユニークな私設美術館は多くの人々に親しまれ、十勝管内外から多くの愛好者が来館。リピーターも増えています。
それは、日当たりの良い自然あふれる土地で自由にのびのび育った子どものような絵画の魅力だけが目的ではないようです。魅力のひとつは館長村元さんの大らかな人柄によるものが大きいようです。
「ガハハ…」と豪快に笑うその印象は、自分の思っていた『画家』のイメージとは全く違って町内の名物お父さんという感じ。
その豪快さは絵にもよく出ていて。画面にちりばめられた色が、「額縁の中じゃ狭すぎる!」と表へ飛び出さんばかりに躍動感がある。
絵具は画布に定着されるものではなく「画家」によって命を吹き込まれる…そう思います。

そんな絵なのだからどんどん大きくなる。
100号超えなんか普通だよ。普通のギャラリーなんかじゃ狭すぎる。
そう!体育館がピッタリじゃないか。

北海道総面積 83,457.00平方キロメートル
十勝総面積 10,831.24平方キロメートル
芽室町総面積 513.91平方キロメートル

このどこまでも続く真っ白なキャンバスを描く季節の画家たちも、この勢いに触発されて雪解けも早まりそうです。

廊下

 

【参照書】

中伏古開拓百年協賛会 記念誌部/編 中伏古開拓百年記念誌「翔け悠久の郷」 2002年7月発行
宮田捷一/編・出版・発行 「北海道廃校写真集 まなびの庭」2003年10月発行
 

画家の美術館館長 村元美海氏と故村元俊郎氏のプロフィールは公式ホームページをご覧ください。
公式ホームページ「画家の美術館」

【とんとん】での「画家の美術館」紹介 

体育館ステージ側

画家の美術館

場 所/中伏古5線3号 TEL 0155-65-2306開館時間/9時~17時、 
休館日/原則年中無休(ただし臨時休館日あり)
入館料/無料

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